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zoom RSS 長崎の旅第4回「平和について再び考える(後編)」

<<   作成日時 : 2011/10/07 22:15   >>

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「平和について再び考える」も後編を迎えました。今回は平和公園、浦上天主堂、原爆落下中心地での出来事です。
その為、前・中編よりも少し長文になります。

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平和祈念館を出た私は、原爆資料館の前で販売されていた「チリンチリンアイス」という物を食べました。1個100円です。旅行の時は必ずと言っていい程アイスを食す私。今回もアイスを食しました。
このチリンチリンアイスは、長崎名物のミルクセーキを低価格で販売しているような食べ物で、味の方はミルクの味がしました。

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この建物は、浜口町駅のほぼ真上にある「長崎西洋館」で、路面電車資料館となっています。この建物の下がトンネルになっていて路面電車が通過するのです。
私は電車に乗って平和公園のある松山町駅に向かいました。


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松山町駅から東へ徒歩3分、階段を上ってようやく平和公園に辿り着きました。

原爆が投下された長崎。戦争を二度と繰り返さないという誓いと、世界平和の願いを込められた公園です。写真は平和の泉で、その奥には有名な平和祈念像が見えます。

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平和の泉には、被爆した少女の手記が刻まれています。

「のどが乾いてたまりませんでした

水にはあぶらのようなものが

一面に浮いていました

どうしても水が欲しくて

とうとうあぶら浮いたまま飲みました

―ある日のある少女の手記から」



この手記を見た瞬間、胸を打ちました。


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長崎の鐘。私の視点では4人の天使が鐘を持って天から舞い降りた様に見えました。鐘の下にはお花が供えられていました。貼り紙があり、「どうぞ、お花に水をあげて下さい」を描かれていました。
紐が付いていなかった為、鳴らす事は出来ません。

平和公園には、世界各国から平和を願って贈られたモニュメントが全部で15作品あります。


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そして、平和公園のシンボルと言えばこの平和祈念像です。修学旅行の時にも訪れましたが、本当に大きい像でした。
この平和祈念像は、長崎県出身の彫刻家、北村西望氏が制作した像です。ガイドブックによると、この像は原爆犠牲者の冥福を祈って軽く眼を閉じているそうです。

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平和祈念像の右手は原爆の脅威、左手は世界平和を表しています。原爆の歴史を語り継ぐ長崎の平和のシンボルとして今もなお世界平和を願っているでしょう。

この時から雨が降り出しましたが、傘を指す程の量ではありませんでした。しかし、この雨は多分長崎を訪れた方々に悲劇を伝える為の雨だったのかも知れません。(これはあくまでも私の思想です)

遠足で来られていた小学生達が、平和祈念像の前で平和に対する思いを読み上げ、黙とうをしていました。私も、小学生達が去った後に平和祈念像の前で再び黙とうをしました。

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折鶴の塔。全国各地から寄せられた折り鶴が飾られていました。折り鶴を折った人々の願いが世界各国にいつか届くといいですね。


デジカメで平和祈念像を撮影し、携帯でも撮影しようとしたその時、


緊急事態が発生した!!


何と、私の長年愛用していた携帯ストラップの紐が切れてしまったのだ。しかも、ストラップは落下防止のチェーンを連動している為、携帯を落とすと大変な事になるのだ。私は急いで応急処置をして、何とか落ちない様にはした。
何とか携帯でも撮影し出来た私は、平和公園を後にして、東方向にある浦上天主堂へと向かいました。


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浦上天主堂。キリシタン弾圧の時を超え、信仰の自由を得た信徒が建てた「祈りの家」です。1945年の原爆落下で損壊した為、1959(昭和34)年に再建され、1980(昭和55)年に改装されました。
2つの塔を持つこの天主堂は、神聖な教会である為、中の撮影は勿論禁止。静粛にする事が条件で入る事が出来ます。右の塔には被爆したアンゼラスの鐘が下がっています。
私は中に入る前に携帯の電源をOFFにして入りました。

境内は普通の教会を変わりまりませんが、奥の方には入る事は出来ません。

あと、浦上天主堂には「被爆したマリア像」が展示されていました。被爆したマリア像は確か修学旅行で訪れる前に一度習った覚えのあるような気がしました。(この辺の記憶が曖昧なので、ハッキリとは覚えていませんが)
写真でお見せする事が出来ないのが非常に残念ですが、このマリア像は眼から黒い涙を流している様に見えました。マリア像から戦争の悲惨さを重く感じました。


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浦上天主堂を後にした私は、再び松山町駅前に戻り、原子爆弾落下中心地に行きました。この地点に原爆が落とされたのです。

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ここにも折り鶴とお花が供えられていました。あと、ペットボトルに入った水が沢山ありました。

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「被爆当時の地層」
原爆落下中心地にあたるこの地層には、原爆で壊された家の瓦やレンガ、熱によって焼けた土や溶けたガラス等が現在の大量に埋没しております。
被爆当時の悲惨な実相を表す大切な資料として、現地に保存・展示する物であります。

写真の通り、土の中に沢山の瓦礫が埋め尽くされていて、中にはビール瓶のような物まで見えます。


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そして、1945年8月9日午前11時2分を象徴する像がありました。この年、この日、この時間、これは絶対に忘れてはいけない数字です。次の世代にこの事を伝える為にも、この日の数字は風化させてはいけないのです。


今回長崎に来た目的の一つは平和について再び考える事でした。広島を訪れた時も平和について色々と考えて来ましたが、今回長崎を訪れて広島を訪れた時とはまた違った視点で平和について考えました。
数々の施設を訪れ、私は改めて戦争の悲惨さと平和への誓いを感じ取りました。学生時代の授業で習った時よりもより深く戦争の事に着いて知る事が出来、平和に対する思いが強くなりました。やはり、戦争の事を知る為には広島や長崎に実際に訪れ、自分の目で確かめる事が一番大切だと思います。


戦争という物は本当に悲惨な物です。つい先程まで平穏に暮らしていた人々や生活、財産を永久に、そして一瞬にして無くしてしまうのですから。未来の人々に伝える事、そして世界平和をみんなの手で実現して行く事が人間の使命だと思います。


1945年8月9日午前11時2分、長崎で本当に何が起こったのか?長崎を訪れた際、第2回〜4回で紹介した施設を訪れる事をお薦めします。



次回の長崎の旅は

「長崎の夜」と題しまして


眼鏡橋を訪れた事や、長崎市内での出来事をお送りいたします。


<平和公園のご案内>
長崎電気軌道:赤迫行で松山町駅を降りて東へ徒歩3分 入園自由

ホームページ http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/kouen/heiwa/heiwatop.html

<浦上天主堂のご案内>
長崎電気軌道:赤迫行で松山町駅を降りて東へ徒歩10分 

開館時間は9:00〜17:00 月曜定休(祝日の場合は火曜日) 無料

ホームページ http://www1.odn.ne.jp/uracathe/

<原爆落下中心地のご案内>
長崎電気軌道:赤迫行で松山町駅を降りて南東へ徒歩2分 入園自由

詳しく知りたい方は http://isidatami.sakura.ne.jp/heiwa1.html

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。
たしか広島型の原爆は通称リトルボーイ、ウランで長崎は通称ファットマン、プルトニュームの違いだったと思います。破壊力としては長崎型の方が凄いと思いました。たまにテレビ番組で流れる原爆のキノコ雲のカラー映像は長崎のものらしいです。
 広島より長崎の方が文献が少ないので被爆当時の詳細はよく分かりませんが、目を覆いたくなるほどで胸が締め付けられるような想いがします。二度とこのような事がないように祈りたいです。
記事にもありますが被爆したマリア像、私の記憶違いかもしれませんが被爆当時の写真で見た事があります。黒コゲで傾いている姿は、同じキリスト教を信仰するアメリカ人なのになんとバチ当たりな事をしたんだろうと思いましたね。
私は長崎を訪れた事がありませんが、いつの日か行ってお祈りを捧げたいと思いました。
執筆お疲れ様でした。
フリーダム
2011/10/09 23:44
フリーダムさん、こんにちわ。
原爆資料館を訪れた時に入手したハンドブックによると、フリーダムさんのおっしゃられる通り、長崎の方が威力が高かったみたいですね。
原爆資料館でも当時の状況の写真が多数展示されていましたが、本当に眼を覆いたくなるような写真がありました。中にはこれは本当に小・中学生に見せていいのかと思うような写真もあったので、戦争の悲惨さを今まで以上に強く感じました。
被爆したマリア像を見ていたら本当に心が痛みました。今回訪れて実際にこの目で確かめましたが、教科書で習った時以上に戦争という物がどういう物かを知る事が出来たので、訪れて良かったと思いました。

神聖な物までも一瞬にして消し去る原爆、もう二度と起こらない事を祈ります。
電光石火の申し子
2011/10/10 13:08

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2006年から始まった私の旅行体験談をフリースペースに貼り付けます。これから旅行に行かれる方々の参考になればと思います。
広島体験談から順に貼り付けておきますので、是非ご覧下さい。

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2007年 松本の旅

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姫路1泊2日の旅(2015年8月)

岡山1泊2日の旅(2016年2月)

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過去に紹介してきた名作博物館の記事をフリースペースにまとめました。

これまでの名作博物館


平和について考える


戦争が終結して65年以上経ちます。広島・長崎に原爆が落ち、街があっという間に壊滅してしまいました。
65年以上経った今でも、心の傷は消える事はありません。この出来事は次の世代に必ず伝えなければいけないのです。

当ブログでは過去に訪れた広島・長崎の旅行体験談の中から、原爆資料館等に訪れた時の記事をサイドバーに貼り付けます。

私が実際に訪れて感じた事を綴っております。皆さんも平和について考えてみましょう。

広島体験談

「第2回 平和について考える(前編)」

「第3回 平和について考える 後篇)」

長崎の旅

「第2回 平和について再び考える(前編)」

「第3回 平和について再び考える(中編)」

「第4回 平和について再び考える(後編)」



東北地方の皆様へ


2011年3月11日に発生した東日本大震災で被災されている方々の無事、そして亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。

2011年10月に仙台を訪れた時の旅行記をここにまとめておりますので、是非クリックして下さい。

東北地方の皆様へ

熊本県の皆様へ


2016年4月に発生した熊本地震で被災されている方々の無事、そして亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
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